Interview

(インタビュー・文 / 賀来タクト)

2009年スーツケース3個とキーボードひとつを抱えて、向かった先はバイキングの国アイスランド。人生をリスタートさせるための日本脱出だった。

もともと国立音楽大学在学中からオルガン奏者として活動をする毎日だった。時にコンテンポラリーダンスのために作曲をしたりもしたが、どうしても音楽に行き詰まり感がぬぐえず、一度外に出てやり直してみよう、そう考えるようになった。アイスランドにはムーム、ビョークといったミュージシャンを通じ、あるいは元々の奇景好きも相まって(mixi「奇景」コミュニティのファンだったとのこと)、かの地の風景への興味は小さくなかった。いざ赴いてみると、カフェではミュージシャン同士自然と仲が深まるようなアットホームな気分があったり、ポップスもクラシックも渾然一体となって手芸遊びをしているような空気があったという。廃材を楽器にしたり、プリペイドピアノ的な楽器を自作したりするなど、まるで遊びの延長で音楽をやっているような雰囲気。皆、ビジネス抜きで純粋に音を楽しみ、それが自ずと世界中の多くの人に受け入れられるという、日本ではとても考えられない独自の音楽風土、それを肌で感じることができた。「アイスランドでは内面的にもいろいろ“ほどけた”感じがあります。音楽の可動域が広がったといいますか。できればずっと住んでいたかったんですけど、金銭的に無理がありました」

2011年初頭に帰国すると、知り合い等を通してCMやVPの仕事が入ってきた。もとより映像音楽に関心が大きかったという。幼少期に映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)の音楽(作曲:アラン・シルヴェストリ)に衝撃を受け、「こういう曲をいつか自分でも書いてみたい」という思いの中、オルガン習練時代には映画音楽の名作を題名も知らずに演奏することもたびたびだった。その中ではヘンリー・マンシーニの『シャレード』(1963年)やクィンシー・ジョーンズの『ショーン・コネリーの盗聴作戦』(1971年)、『鬼刑事アイアンサイド』(1967-1975年)などのナンバーも印象に残ったという。「映像音楽の仕事は本当に面白いです。僕にとっては独自の“イメージ球体”を作らせてもらえる場といいますか。音、セリフ、風景、物語、匂い、空気、身体の動き……そういったものが溶け合う中に、音楽屋として何十年もかけて僕なりに育ててきた素材をさらに自由にこねることで、全ての要素をひとつにつなげていくんです。その過程で自分の中にもともとあった音が呼び出される感じもありますし、その出しどころをいただける感じもあって、刺激的で楽しいです。テレビ番組『廃墟の休日』(2015年)で作った音楽も、映像から呼ばれ自然にポンと出てきたものばかりなんです。番組自体も普通と違う空気感に溢れているので、そこに音が乗るとますます楽曲がいい感じに聴こえてきたりして、とてもワクワクしましたね」

映画音楽の面白さを伝えようとする言葉が独特なように、松本が作り出す音世界もかなり個性に富んでいる。とりわけ『天の茶助』(2015年)や『くるみ割り人形』(2015年)のようなファンタジー作品を題材にした場合、そこにひしめく音色のきらびやかさ、美しい粒立ちをどう表現しようか。カラフルなこと万華鏡のごとし、である。一方、カンヌ映画祭を賑わせた是枝裕和監督の『そして父になる』(2013年)ではふたつの家族の苦渋を淡々と彩った。その振り幅の大きさも松本の大きな武器である。

「変わった音が好きなのは、幼少の頃に触れていたチープなシンセなどの影響があるかもしれません。パウルクレーの影響でもともとカーボンの上から文字をなぞって転写する感じがすごく好きで、あえて音をボカしたり汚したりするようなこともよくしていますね。スタジオではミュージシャンの方々とトークを交えながら、偶発的にその場で曲を作るのが本当に楽しいです。そのセッションために、全ての準備をやっているとさえいえます。いつの日か、フルオーケストラをクリックトラック(映像とのタイミングを合わせるためにヘッドホンを通して演奏者に楽曲緒速度などを知らせるシステム音のこと)無しで試させてもらえたらとも思っています。映像音楽は毎日でもやっていたい仕事ですね」

映画音楽の作曲家の中では武満徹を尊敬している。
「武満さんの映像音楽は芸術として非の打ち所がありません。僕にとっては別格、別次元の存在ですね。いつか『乱』(1985年)のような音楽を書きたいです。あんなオープニングを死ぬまでに書いてみたい。音数は少ないんですけど、100人のトゥッティより強さとインパクトある気がします。全部の音の重なり方や映像とのタイミングも計算され尽くされていて、映像音楽の極みだと思います」

映像音楽の仕事を重ねるごとに、いい意味で、貪欲になってきているのかもしれない。 「ええ、まだまだいろんなことをやってみたいですし、映像音楽はそんな欲の深さを受け入れ生かしてくれる懐の深いパレットだとも思っています」

(インタビュー・文 / 賀来タクト)

別のインタビューが[Cheer Up!]というページでも掲載されいています。こちらよりご覧下さい。

Vision[ローレゾ愛好家]-[転写]という手法-

手作りのもつ温かみ 人の指紋のもつ豊かな表情

を、音に潜ませる事を、得意とします。

 

それは音を「揉む」「擦る」「被る」「編む」ということ。

 

古風で意外なルーツを用い、出来るだけ音を品よく「汚し」、

その風合や時を追い求めます。

 

それを味わう時、人は自分の中に「あった」音が呼び出されるのを聴きます。

 

また、彼の頭の中には、常に変わった音像が豊富にポストイットされています。

<それをひとつづつ地道に実現させてきました>

 

幼少からチープなシンセで泥まみれに遊び、

大学時代はクラシック、現代音楽、実験音楽に没頭、

留学先アイスランドではDIYな楽器制作と戯れ、

帰国後テルミン奏者オンドマルトノ奏者を結びつけ、

松本淳一自身がユニットを組みました。

この組み合わせにフォーカスしたポップユニットは世界でも初めてでしょう。

なぜならすごく音色が似ているからです。咄嗟に判別が出来ません。

そして、どちらも和音が出せない単音楽器、どちらも音波楽器です。

ですが奏法やニュアンス、楽器構造が少しづつ違います。

その微妙な差を利用し、美しい曲面白い曲をたくさん書きました。

そのユニットがMATOKKUというユニットです。

これが、

アイスランドで育んだ手芸音楽感、

生楽器とそれらを組み合わせた手触りあるトラック、

日本とアイスランドの各大学で得たアカデミックな書法、

MATOKKUで培った偏見無い楽器使い音色使い、

全てが絶妙に混じり合った独特な音世界を産み続ける、

[ 松本淳一 ]

というジャンルです。